ベートーヴェンのピアノソナタの楽譜選びーおすすめの原典版と校訂版は?

ベートヴェンピアノソナタは「新約聖書」と呼ばれるほど重要で、ピアノ学習者にとって必須の分野ですね。大事な曲集だけに使用する楽譜も良いものを選びたいものです。今回は原典版を使用する際の注意点、よく使われていておすすめの原典版や校訂版(解釈版)の特徴をご紹介します。

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原典版を使用する際に注意したいこと

月光ソナタ第3楽章自筆譜
ベートーヴェン:ピアノソナタ 第14番『月光』第3楽章の自筆譜(一部)

原典版とは単に自筆譜や初版を指すのではなく、“作曲者の意図を最大限正確に反映していると思われる楽譜”として編集されたもの。新たな資料の発見や、作品についての研究が進むことにより原典版も変わることがあります。もちろん頻繁にリニューアルされるものではありませんが、使用する原典版が最新の研究に基づいているか確認が必要です。

また原典版には作曲者によるものではないスラーやスタッカート、強弱記号などが記されていないので、どのように弾くべきか正しく指導できる研究熱心な指導者に教えてもらいながら、また様々な解釈版で提案されている弾き方を参考にしながら使うのが良いでしょう。

ベートーヴェンの原典版を使う場合、現代のピアノとはタッチやペダルの機能が異なるピアノを用いて作曲されたことも考慮に入れる必要があります。例えば、原典版にペダルの表示がなくても、現代のピアノの特徴を生かして演奏するにはペダルが必要な部分もあり、そのため原典版の使用には良い指導と研究が欠かせません。

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よく使われているオススメの原典版

1. ヘンレ版(G. Henle Verlag)

ヘンレ版:ベートヴェン・ピアノソナタ集、第1巻
ベートーヴェン:ピアノソナタ集 第1巻(ヘンレ社)

多くの指導者や学習者から圧倒的な支持を得ているのが、ヘンレ社『ベートーヴェン:ピアノソナタ集』です。信頼できる楽譜であるだけでなく、美しくて見やすく丈夫な楽譜であることも人気の理由です。難点は、32曲のピアノソナタが2巻(第1巻:1〜15番、第2巻:16〜32番)に収められているので、本が昔の電話帳のように分厚く、各巻とも重さが1キロ以上あることです。

ヘンレ版の楽譜にはハンゼン氏による運指あり(巻番号32, 34)と運指なし(巻番号1032, 1034)の2種類があります。学習用の場合は指番号がないと混乱しやすいので運指ありを選び、ご自分の手に合わない部分は指導者に尋ねたり、他の楽譜を参考にするとよいでしょう。

ペライア版について:既存のヘンレ版(ヴァルナー編)は高い人気を誇りますが、少し古くなってきている部分も否めません。(現に、運指なしの楽譜は解説部分を除いてパブリック・ドメインで公開されています。)それをも意識してか、ヘンレ社ではベートーヴェンのレパートリーでも評価の高いピアニスト、マレイ・ペライア氏による校訂・運指の新しい版を発表しました。

新しい版ではあらゆる資料をもとに楽譜が再考され、弾きやすさだけでなくフレージングを意識した運指が提案されています。全3巻(第1巻:1〜11番、第2巻:12〜22番、第3巻:23〜32番)で、現在第1巻と第2巻が発売されています。この新たな版がこれからのスタンダードになるかは、もう少し時間を置いてみないとわかりませんが、期待してみたいところです。

2. ベーレンライター版(Bärenreiter-Verlag)

ベーレンライター版ベートーヴェン:ソナタ集第1巻
ベートーヴェン:ピアノソナタ全集 第1巻(ベーレンライター社)

人気の高さよりも最新で正確な原典版を追究したい方には、ベーレンライター社『ベートーヴェン:ピアノソナタ全集』がおすすめ。世界的に絶賛されたベートーヴェン交響曲全集の校訂を手掛けたジョナサン・デル・マー氏による編集です。入手可能なあらゆる資料を再検討し、ベートーヴェンの意図に限りなく近づいた究極の原典版で、校訂者による運指も付け加えられていません。

ベーレンライター版には少年期の作品『3つの選帝侯ソナタ』を含む35曲が収録されていて、全3巻(第1巻:選帝侯、1〜10番、第2巻:11〜21番、第3巻:22〜32番)に分けられています。楽譜は美しいだけでなく最適な位置で譜めくりできるよう工夫されていて、編集者デル・マー氏によるベートーヴェン・ピアノソナタの楽譜に関する解説も参考になります。

3. ウィーン原典版(Wiener Urtext Edition)

ウィーン原典版ベートーヴェン:ピアノソナタ集(1)
[ウィーン原典版] ベートーヴェン ピアノソナタ集(1) (音楽之友社)

原典版として定評のある上質な楽譜をお探しの方にはウィーン原典版『ベートーヴェン ピアノソナタ集』をおすすめ。音楽之友社から発売されている日本語版も、比較的最近(1997〜2002年)のもので、最近の研究が反映された正確で信頼できる楽譜です。校訂はハウシルト氏、運指法には様々なピアニストが関わっています。

全3巻(第1巻:1〜11番、第2巻:12〜23番、第3巻:24〜32番)に分かれていて、詳細な校訂報告は第1巻にまとめて収められています。音楽之友社との提携により解説を日本語で読めるのもうれしいところです。学習用におすすめです。

現在日本語版が出ているのよりもさらに新しい改訂版が2018年以降出版されています。こちらは既存の版(巻番号:UT 50107〜9)にJochen Reutter氏による新しい改訂と報告が加えられたもので、巻番号がUT 50427〜9となっています。運指は既存の版のままのようです。

新改訂版(Hauschild & Reutter編)の楽譜はこちらから(注意!日本語の解説はありません)
第1巻(UT 50427)
第2巻(UT 50428)
第3巻(UT 50429)

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参考用におすすめの校訂版(解釈版)

1. シュナーベル版(クルチ社)

シュナーベル版ベートーヴェン:ピアノソナタ集 第1巻
[シュナーベル版] ベートーヴェン:ピアノソナタ集 第1巻(クルチ社)

クルチ社シュナーベル版は、20世紀前半に「ベートーヴェン弾き」として名を馳せ、世界で最初にベートーヴェンのピアノソナタ全曲を録音したアルトゥル・シュナーベル氏による解釈版です。運指はやや個性的ですが、強弱やアーティキュレーション、ペダルなど表現のための指示が非常に細かく親切丁寧に記されています。

この版は現在IMSLPで公開されています(こちらのページから探せます)が、紙の楽譜に慣れた指導者の方であれば参考用に本を持っていても良いでしょう。全3巻(第1巻:1〜12番、第2巻:13〜23番、第3巻:24〜32番)の構成です。

2. アラウ版(ペータース社)

アラウ版ベートーヴェン:ピアノソナタ集第1巻
[アラウ版] ベートーヴェン:ピアノソナタ集 第1巻(ペータース社)

ペータース社アラウ版は、20世紀を代表するピアニストで、2度にわたるベートーヴェン・ピアノソナタの全曲録音を行ったクラウディオ・アラウ氏による解釈版です。非常に良く考え抜かれた運指とソフトペダルの指示が特長です。楽譜は最新とは言えないので原典版での確認が必要です。

この版は全2巻(第1巻:1〜15番、第2巻:16〜32番)に分かれています。ペータース社からは表紙が似通っていて編集者の異なる版も出ているので、ご購入の際は注意が必要です。

3. 園田高弘版(春秋社)

[園田高弘校訂] ベートーヴェン ピアノソナタ第8番「悲愴」(春秋社)
[園田高弘校訂] ベートーヴェン ピアノソナタ第8番「悲愴」(春秋社)

春秋社園田高弘校訂版は、戦後日本の音楽界を牽引された世界的ピアニスト園田高弘氏による解釈版。アーティキュレーションやペダルの細かで丁寧な指示が書き込まれているほか、日本人の標準的な手のサイズに合わせた運指が提案されているのが秀逸です。

この版の特徴は各曲のバラ売りであることです。専門的に学ぶ方でなければ、全32曲のほとんどを弾くことはないと思うので実際的と言えます。楽譜も正確で信頼できるので、趣味で楽しく弾きたい方や独学の方にはこちらの版がおすすめです。

園田版の楽譜を探すAmazon 楽天市場 Yahoo!ショッピング

4. カゼッラ版(リコルディ社)

[カゼッラ版] ベートーヴェン:ピアノソナタ全集(全3巻)第1巻(リコルディ社)
[カゼッラ版] ベートーヴェン:ピアノソナタ全集(全3巻)第1巻(リコルディ社)

リコルディ社カゼッラ版非常に良く考えられた運指と詳細なペダル指示が参考になる解釈版です。ソフトペダル使用の指示もあり、装飾音などについての説明も詳しく載せられています。(全3巻ものと全2巻ものがあり、全2巻ものは説明が少し省略されているようです。)

カゼッラ版の印刷本は高価ですが、現在はIMSLPで公開されている(こちらのページから探せます)ので、手に入れやすくなっています。楽譜は古く正確でない部分もありますので、原典版を片手に運指やペダルを参考になさってください。


いかがでしたか?ご紹介した以外にも様々な版がありますが、上質の原典版と過去の偉大な音楽家たちの英知が詰まった校訂版を上手に活用してくださいね。また皆さんが感じるベートーヴェン・ソナタの各楽章の難易度を当サイトで投稿してみてください!(投稿の方法はこちらをご参照ください。)

ベートーヴェンのソナタが「新約聖書」なら、「旧約聖書」はバッハの平均律クラヴィーア曲集ですね。平均律クラヴィーア曲集の楽譜選びは下の記事をご参考ください!

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TeeJay

TeeJay
ピアノ教師。海外のとある国でピアノを教えつつ感じたのは、良質の楽譜に容易に接することができる環境は本当にありがたいということ。ピアノレッスンや練習で、テクニックの習得だけでなく、音楽を表現する楽しみを味わうのに役立ついろいろな楽譜をご紹介しています。

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